2016年11月27日日曜日

新・三車火宅の喩え

背中に怪しいオーラを出している女がいた。

振り向いたらやっぱり目と鼻がない。

のっぺらぼうの口裂け女だ。

しかし見た目で人を判断することは間違っている。

私はその場に留まり様子を見ることにした。

すると素手で飛んでいるスズメを捕らえた。

まさか殺すのでは?案の定、風にのって血の匂いがしてきた。

しかし焼き鳥屋さんと言う可能性も捨てきれない。

女がスズメを投げ棄てた。焼き鳥屋さんではない。

女が近づいてきた。いつの間にか手にピストルを持っている。

撃ってきた。よける。また撃ってきた。

よける。意外とよけれる。

飛んでくる弾を避けながら私は後悔していた。

悪い芽を悪い芽として摘んできた結果、もはや誰にも救えない悪種が生まれてくるようになったのだ。

悪種は今世紀なって加速度的に増殖している。

悪い芽を悪いままに摘んでしまうと次に生まれ変わってきたとき世界を恨んだまま生まれてくる。怨念に取り憑かれた魂は更に罪を重ねながら闇へ闇へと沈んでゆく。

今ならわかる。悪い事をした者に改心の機会を与えず殺してしまってはいけなかったのだ。それどころか我々は、何も悪い事をしていない人々を見棄て、見殺しにしてきたのだ。世代を超えて罪を重ね、とうとうここは地獄の一丁目。
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引き返すならタクシー(3ナンバー)呼ぶけど どう乗ってく?

2016年11月25日金曜日

差別の正体 福島への差別について

広島に原爆が落とされた後 広島はパニックになった
被曝の影響について人々は何も知らされないまま怯え続けた。
後遺症が産まれてくる子どもになって表面化する場合もあったので人々の恐怖は戦後も長く続いたと思う。
得体の知れない事態に慎重を強いられた人々に猜疑心が芽生え、安全に生き抜くために差別意識が芽生えたとしても仕方ない状況だったのかもしれない
それくらい核兵器というものは人の心を、人生を破壊するものなのだ

核兵器は愚かで欲張りで無知な人類がもってはいけない道具。
人類共通の敵だね
今あっちもこっちも核保有国になってる 
ここにきて日本ももってみたところでそんなインパクトないでしょ 
それより別の使命があると思うんだけどな

さて話は変わりまして福島から被災してこられた方に対する差別があります。
被爆に関する知識が十分にある今の社会で福島出身者への差別があるのはなぜでしょう。
「恐怖」からでしょうか
たぶん「偏見、無知」のせいでしょう?

家を失い土地を追われるという経験がどんなものか想像して下さい 
どうしていじめることなんてできるでしょう
我関せず、なんて無関心を極め込んで平気でいる人も多いけど、他人事にしている日本人が多いほど危険が危ないって感じるわ。

Hiroshima became a panic after the atomic bomb was dropped on Hiroshima
People kept frightened of not knowing anything about the effects of radiation exposure.
I think that the fear of people continued for a long time even after the war as the after effects came to be born as a child to become a surface.
Suspicion will sprout people who have been cautious about unfamiliar circumstances, even if discrimination consciousness seems to survive safely, it may be unavoidable situation
That much nuclear weapons is the one that destroys life, the heart of people

Nuclear weapons are stupid, greedy and ignorant tools that mankind must not have.
It is an enemy common to mankind.
We are now in nuclear weapon states too
I have not seen such impact in Japan as I came here
I think there is a different mission than that

Well the story has changed, there is discrimination against those who have been affected by Fukushima.
Why is there discrimination against those from Fukushima in the current society where there is sufficient knowledge about the influence of radiation?
Is it from "fear"
Maybe it is due to "prejudice, ignorance"?

Imagine what the experience of losing your house and being forced to land
How could you be bullied
There are a lot of people who do not care about me without being indifferent, but as many Japanese as others do, the danger is dangerous.

2016年11月24日木曜日

差別の正体 日本人の体験した原爆の脅威

広島に原爆が落ちた
原爆の破壊力は人類が初めて体験する地獄だよくぞ人間の住む街の真ん中に落としてみようと思ってくれたよな
特攻隊の凄まじい死に様をみて得体の知れない恐怖を感じたのかしら

しかし原爆が落ちた後の広島に渦巻いた未知の兵器に対する恐怖がどんなものであったかアメリカ人はまだ知らない
周りのものが死因がわからないまま死んでいく恐怖ってどんなもんかな。怒られそうな例えだけどようするにゾンビがパンデミックになってる状況でしょ。

次は自分かも?伝染するのかも?未知の恐怖が人々の間にはびこり猜疑心と差別意識が深く根を下ろす

日本人が核武装するのを一番嫌がるのはアメリカだとかいわしといていいの?

被曝がもたらした混乱と恐怖が本当にどれほどのものだったか日本人こそが今
改めて学ぶべき

核兵器を一番嫌悪しているのは日本だし
核兵器を世界からなくすために世界に働きかける事ができるとしたら日本をおいて他にないわ

The atomic bomb fell on Hiroshima
The destructive power of the atomic bomb is the hell that human beings experience for the first time
Americans often dropped in the middle of the city where humans live
I wonder if I felt a strange fear when I saw a tremendous death of a special attacker?

However, Americans do not yet know what the fear of unknown weapons swirled in Hiroshima after the atomic bomb dropped
What is the fear that the surroundings dies without knowing the cause of death? It looks like being angry but in that way the zombies are getting pandemic.

Maybe next? It may be contagious? Unknown fear rampages among people and suspicion of suspicion and discrimination consciousness deeply

Can I say that America is the most disliking Japanese people armed with nuclear weapons?

What kind of things were the confusion and fear brought about by radiation? Japanese people are now
Should learn again

Japan is the most disgusting nuclear weapons
If Japan were to be able to work to eliminate nuclear weapons from the world, there would be no other place in Japan

差別の正体

人は脅威を感じる対象を攻撃し 差別化して壁をつくる
つまり相手の事を攻撃する分だけ本心は相手をめちゃくちゃ怖がってるという事になる
その脅威は本当に感じるべきものだろうか

例えば未知のものは怖い
が、さらに怖いのは自分が危害を加えた相手だ
自分がやった仕打ちを自分自身がよく知っているのでやり返される恐怖が終わらない

相手に与えたダメージが大きいほど相手が怖くなるのでたとえ戦争が終わっても恐怖心が消えない
怖くないぞと虚勢を張っても差別してみせるのも原因は自らの恐怖心なの

People attack and differentiate opponents who feel a threat and create walls
In other words, they are just as much afraid of attacking the other party

Is that threat really a feeling

For example, I am afraid of unknown
But the more scary is the person you harmed
The fear of being overturned does not end as it is familiar to himself well what he did

The greater the damage given to the opponent, the more frightened the opponent
So fear will not disappear even after war is over
I'm not afraid and it is my fear that the cause of discrimination and the reason for putting out bragging is also my fear

2016年11月20日日曜日

因果 (天秤の喩え)

因果 については もうあきらめたほうがよいと思う
因果から逃げ切れる人はいません。
因果とは、例えば悪い手段を用いてやった事は、いっとき上手くいっても長い目で見てまわりまわって、やっぱりどうしても悪い結果に転がるという法則です。

因果を考えるのに天秤を思い浮かべて下さい。
まずこれは人間の天秤。
天秤は吊り合っているのが自然な状態。
だけど片方に偏った考えをのせると、天秤はじわじわと傾きます。
人間の場合ならだんだん調子が悪くなって病気になる
だから人間は(自分にとって)都合が 良いことも悪いこともほどほどにやるのがバランスがいいのかも


会社とか国とか規模が大きくなると天秤も大きくなる
小さな失敗をしても直ぐには傾かないが 無理な荷重をかけるとゆっくりゆっくり傾く
因果を知らない政治家が戦争でも始めれば天秤は一気に傾くでしょう

さらに規模の大きい「地球」の場合。
これは天秤自体が大きいので人間が100年間けっこう無茶苦茶しても傾かない

森林破壊 オゾン層破壊 海洋汚染 絶滅種は増える一方 じわじわ ずるずる 確実に地球は住みにくくなっている。
産業にとってマイナス要因があっても生物にとってプラスは何か
全体のバランスをみる目は大切なんですね

でも結局、地球の天秤に劇的な変化をもたらすのは地殻変動なのかもしれない
天秤のお皿はひっくり返って跳ね上がり両方のお皿から全てがこぼれ落ちてしまうくらい揺れたりするからね


大混乱と天変地異とハルマゲドンがフィーバーして きっとたくさんの人が死んでしまう
どんな努力をしたって結局多くが失われる

人がいっぱい死んだって大丈夫 また生まれてくるから
けど失われたら取り返しがつかないのが文明 だ
日本は特殊な文明が育ってるから失うには惜しい
日本列島が6分の1になっても
世界に輸出してでも残したい
それには 人類の未来のためになる文明にまで高めないとね

さて文明も因果の支配を受けてる以上は
文明を育む事は天秤のバランスを保つ事にほかならない
数ある文明国がぐらぐら揺れてる中でどんな風に日本人の文明を育むか
大事なトコです。

I think that it would be better to give up on causality
No one can run away from causality.
Causality is, for example, what we did with bad means, even if it goes well, it will go around looking in the long eye, and after all it will inevitably roll to bad results.

Think of the balance to think of causality.
First of all this is a human balance.
The balance is suspended in a natural state.
However, if you give one's biased idea, the balance will tilt slowly.
In the case of a human being, I feel sick and get sick.
So it may be well balanced to do something convenient or bad for you (for yourself)


As the size of the company or country gets bigger, the balance also gets bigger
Even if we make a small mistake, we will not tilt immediately, but if you apply an excessive load you slowly slowly tilt
If a politician who does not know the cause starts even in the war, the balance will lean at a stretch

In the case of the larger "Earth".
This is because the scales themselves are large so that people will not lean even if they carelessly for a hundred years

Forest destruction Ozone depletion Marine pollution extinct species increase, but slumping slowly surely the earth is hard to live.
Even if there is a negative factor to the industry, what is positive for organisms?
The eyes to see the balance of the whole are important

But in the end it may be a crustal deformation that brings dramatic changes to the balance of the earth
The dish of the balance will overturn and jump up and it will shake enough that everything falls off both dishes


Armageddon and great disorder and Armageddon will fever and surely a lot of people will die
Whatever effort you will eventually lose

It's okay if a lot of people are dead, so I will be born again
But civilization is irrevocable if lost
Japan is regrettable to lose because special civilization grows up
Even if the Japanese archipelago is one sixth
I want to preserve it even if it exports to the world
To do that, I have to raise it to the civilization that will be for the future of mankind

Well, as far as civilization is under the control of causality
Fostering civilization is nothing less than keeping the balance of the balance
How many nurturing civilizations of the Japanese are cultivated among the civilized countries where the crowds are shaking shaky
It is an important point.

2016年11月15日火曜日

動機は次に起こる事の原因となります

東日本大地震で起こった津波は危機意識が薄れていた現代人にとっては予想をはるかに超える災害でした。
この中で小学生の遺族が裁判を起こしている件について少し話します。
小学生の子どもを理不尽な理由から亡くされた遺族の無念さは計り知れないものです。
しかし怒りは子どもへの愛情の裏返しではありません。自分を責めても何も生まれないのと同じように誰かを責めても何も生まれないのです。
どこまでいっても湧き出てくるのは怒りだけ、怒りの感情がまるで大蛇のようにあなたを締め付けます。裁判に勝ったら蛇の力は弱まるでしょうか。いいえ弱まるように見えたのは気のせい、きっとあなたはその蛇を振りほどこうとしたときになって蛇の鎌首が自分の頭に完全に刺さっている事を知るのです。怒りが深いほど怒りはあなた自身を蝕んでいます。

さて 大事な事実があります。人間は非常に愚かだという事です。
17億分の1である個人の経験から導き出された、小さな小さな(けっこうどうでもいい)見解に縛られてがんじがらめ、わざわざ窮屈に自分を縛って生きています。だから見た目も不自然、ちょっと動いてみたと思ったら大抵間違う、失敗だらけといって言い過ぎではないのです。

だからこそ言うのです。悔しくて無念でどうにもならない失敗をしでかす人間の愚かさに怒ってもきりがないと。

我が子を死なせてしまった悲しみに囚われるのも見解。原因を追求して責任を明らかにしたいという思い、それもひとつの見解。
しかしこれを「怒り」の感情によって行動すると良い結果に結びつきません。なぜなら「怒り」を原動力にする事自体、悪いことだからです。
問題提起した事は勇気があると思います。我が子の死を無駄にして欲しくないという思いは未来の子供達への「慈しみ」の思いです。
この「慈しみ」こそ我が子への愛の形です。

もし、同じように訴え出ても個人の見解にとらわれず全体的な立場から問題解決にあたろうとするならば良い行いだと言えます。
問題は具体的でシンプルです。
過去に起こってしまった事の水掛け論なんて時間とお金の無駄です。その時間とお金をもっと全体的な立場から検証して下さい。災害対策に留まらず、それは地球の未来を変える道筋になります。

多くの人は、適切な避難を怠ったから死んでしまったのでしょうか。できうる最善の方法で逃げた人々も波にのまれたのです。
今も日本列島はプレートがぶつかり合う真上にあります。
猛烈な津波はあれが最後ではないでしょう。

知識を共有して都市を進化させたいのです。
人間が同じよう愚かな行為を繰り返さないために。

The tsunami that occurred in the Great East Japan Earthquake was a disaster far beyond expectations for modern people whose crisis awareness had been lost. I will tell you a little about what the primary school student's family is in trial.
The desperation of the bereaved families who lost their elementary school children for reasons unreasonable reasons is immeasurable. But anger is not a flip of affection for a child. Even if I blame myself, blaming someone just as if nothing is born does not create anything.
It is only anger that comes up to wherever I go, anger feelings tighten you like a big snake. Will the power of the snake weaken if we win the trial? No, it seems to me to be weak, when you try to take over the serpent surely you will know that the serpent's head is completely stuck in your head. The more anger it is, the more anger it is undermining yourself.
Well there are important facts. Humans are very stupid.
It is lucky to bother himself crampedly, being tied up with a small small (pretty well) view, derived from individual experience of 1.7 billion. So it looks unnatural, if you think you've tried it a bit, you make mistakes, it is not overstated to say that it's full of failures.

That's why I say it. It is frustrating and regretful that it is impossible to be angry with the foolishness of human beings who fail to do anything wrong.

It also seems to be caught in sorrow that caused my child to die. I thought that I wanted to clarify the cause and clarify the responsibility, which is also one view.
But acting with this feeling of 'anger' does not lead to a good result. Because using "anger" as a driving force itself is a bad thing.
I think that I have the courage to have raised the problem. The thought that I do not want my child 's death to be in vain is the thought of "mercy" to the children of the future.
This "mercy" is the shape of love for my son.

Even if you appeal in the same way it can be said that if you try to solve problems from the overall standpoint without regard to individual opinion, it is a good practice. The problem is concrete and simple.
It is a waste of time and money to call back the things that happened in the past. Please verify that time and money from a more overall perspective. It is not just a disaster countermeasure, it is a path to change the future of the earth.

Did many people die because they failed to evacuate properly? People who ran away in the best possible way were also burst into the waves.
The Japanese archipelago is still right above the plate hitting each other now.
That ferocious tsunami will not be the last.

ドワンゴの実験

2016年11月14日月曜日

ポリ紐の実験

うなぎのようなものが蠢いてるいけすに絡まったポリ紐を大量に投げ入れた
そしたら1匹がポリ紐を飲み込み始めた
消化できるわけないのに掃除機のようにポリ紐を吸い込んでいく
私はそいつの口からポリ紐を引っ張り出そうとするんだけど吸い込む勢いが凄くて追いつかない
同じ生命としてそれが死んでしまうのを見過ごせなかったので私はそれの尻尾をもって逆さに釣り上げた
飲み込んだポリ紐を吐きだ出させようとしたんだ
でも逆さ吊りにした途端 それの身体は口から尻尾にかけて避け始めた
消化できないものを無闇に飲み込み続けた結果 ポリ紐は内側からそれの身体を引き裂いた

全然消化されてないままのポリ紐がそれの身体からこぼれ落ちるのをみてた

ドワンゴがもってきた映像は人間が消化できないポリ紐の類いで
 今世の中にはこの手のもので溢れかえってる
栄養にならないし消化もできないポリ紐を人間はひたすらむさぼり食っている
神経が麻痺してるから死へ一歩近づく恐怖くらいしか刺激にならないとでも言わんばかりだ
さて誰がなんのためにポリ紐をいけすに投げ込むのか 実験なら結果はご覧の通りだよ
生命への冒涜だ


A thing like eel threw in a large amount of entangled poly strings
Then one began swallowing a polyprop string
I will inhale a polyprop string like a vacuum cleaner although I can not digest it
I'm trying to pull out the poly string from his mouth, but the momentum to inhale is terrible and I can not catch up with it
I could not overlook that it would die as the same life so I fished it upside down with its tail
I tried to let out a swallowed poly string
But as soon as I hung it upside down it started to escape from the mouth to the tail
As I continued swallowing things I could not digest unexpectedly Poly strings tore it from the inside

I was watching the polyprop strings that had not been digested at all spilling off their body

The image brought by Dwango is a kind of polyprop strings that human beings can not digest
 This world is overflowing with this kind of hands now
Human beings are devoured all by myself devoid of nutrition and can not digest pollen
It is said that it is irritating only to the fear approaching death because the nerve is paralyzed
By the way, who is throwing in to pull out the polyprop for why? The experiment is as you see
It is blasphemy to life

2016年11月9日水曜日

「この問題は自分と関係ないです」

疑問をもつのを邪魔しているものがあるんですね

それは、多分個人レベルで踏みとどまろうとする「私」の意識

まず眠い。    忙しいから   楽しみたいし

つまり怠けたい    間違ったら怖いし   大体面倒臭い

全部自分の都合。これがいつも邪魔ばっかりする


自分という存在を考慮に入れないで問題に向き合うと解決策が簡単に出るのに

常に「自分は」こうだから「自分は」ああだからと御託を並べる



自分の話なんか聞いてないんですけど

いつまで(問題)と(自分)を区別する気だ 

たかだか100年 世界を構成する意識の一端が、

「自分」とかうるさいdeathわ 


って本気に思ってる自分に後をお任せしたいです。










2016年11月8日火曜日

求めよさらば与えられん

ぎりアリかな と思う超能力と言えばなんだと思いますか

「考えた事が実体化する 」のはどうですか

「他人の考えた事をよむ」  ってのはもうアリの方で諦めるしかないと思ってるんですが

さすがに前者は人間業じゃないだろう と思うのです

物を移動させる事とそんな差はないが っていう自分もいて...

ところで

「疑問」の類いはそれを持った時点で 解決な場合が多いよね

なぜ国はいつまでも解決しないんだろう

なぜ人はずっと馬鹿みたいなんだろう とかね

疑問にすら思ってないだろ てめえら   みたいな事なんだと思うんです


2016年11月4日金曜日

事象に反応してみた

誰もが自分の心というものがあって変化しているように感じているが
これは間違いだと思った
心なんてものは無い
あるのは 「現象」に反応する意識 だけ




強烈な反応を示す事象  はずっと過去に経験したことでも同じように反応して意識が蘇る

だから心が癒えるという事はない
癒える心が無い

ナチスのコスプレを面白がれるのはただ知らないからであり
知っている者が現在の生活に関係なくても意識が反応する事は至極当たり前のことだ

2016年11月3日木曜日

御釈迦様へ

貴方が生きてたら聞きたい事が一個だけだある

きいてもしょうがない事だけど